言葉のプロの業

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出先で偶然、俵万智さんの最近の本を目にしました。
「未来のサイズ」角川書店

www.amazon.co.jp

 

天声人語」等でも紹介されていたとか。
彼女の作品は昔から結構読んでいたのですが、今回初見で目に留まったのはこちらの句。

 

会わぬのが親孝行となる日々に藤井聡太の切り抜き送る

 

・・・これが一流の業か、と、またしても心地よい衝撃をいただきました。

タレントさんたちが俳句の作成にトライして、プロの先生にビシバシ添削を受ける、なんていうバラエティ番組も何度か見て、そちらでも上手な方は上手だと思ってましたが。(当該番組に何の文句もないですよ)

本作、三十一文字で、まったく無駄なく、場面設定やニュアンスが如実に伝わる。その点からも凄いクオリティだと思いました。
こういうのって、解説することも無粋なのかもしれないけど、「とにかく凄いですよね」で終わるのもなんなので、折角だから自分なりに言語化してみます。

まず上の句。
「会わぬのが親孝行となる日々に」
本書全体でコロナ禍の日本における生活が描かれているし、そうでなくとも今読めば大概誰もが理解し、共感すると思います、このフレーズ。
いろんな場で散々言われてきたし、自分達も考えましたよね、高齢の親に遠路会いに行くことの是非とか。
そしてこれ、一般的な話題であると同時に、従来の『当たり前』が逆転したという変化の話でもあります。
「たまに親元に帰って顔を見せることが親孝行」という常識が一気に通用しなくなった、その体験も多くの人が味わいましたね。
今日的な一般性と同時に、変化や驚きも振り返る。
インパクトや構成の妙。

そしてそこからの、藤井聡太の切り抜き送る」という下の句。
こっちはいきなりの具体性の極み、固有名詞です。
これもまた面白い。
一般性の高い上の句から、個人の話、「作者自身の親の趣味」にぐぐっとフォーカスします。
でも、「離れて暮らす高齢の親の楽しみ」としての、藤井聡太さんの活躍って、違和感なくイメージできますよね。ご本人を知っていなくても、ニュアンスが汲み取れる。
ここもまた一般性と個別性のバランスだと思いますが、これを「将棋の記事」とか「趣味の話題」とかじゃなく、「藤井聡太」という固有名詞で伝えきるセンスがやっぱり凄いなあと思う次第。

そして「切り抜き」
個人的にはこの歌の中で一番の感銘ポイントかもしれない。
「記事」とか「情報」ではなく「写真」でもなく、「切り抜き」なんです。
他でもないこの単語だからこそ伝わるのは、このやり取りがデジタルではなくアナログであること。
「送る」というのが電子媒体ではなく、おそらく郵便であること。
メールやLINE、ビデオ通話などとは縁遠いタイプの親御さんということか、新聞か雑誌で見つけた記事を、手作業で切り抜いて郵便で届けるんでしょう。
親御さんの暮らしぶりとか、「送る」までの工程の多さ、そして丁寧さを要する作業を行う様子や、そこに込められた心情。
「切り抜き」という言葉のチョイスによる情報量、凄いです。
もちろんそのあたりは読者の想像にもなりますが、その想像の“方向性”は文面のニュアンスによって適正にセットされているのだと思います。

心情自体は歌の中に(文字としては)書かれてはいないのだけど。
少しの手間をかけた、せめてもの楽しみの提供とか、
お互いの生活を大きく変えるような話ではなくても、ささやかでも出来ることをしてあげたいという気持ちとか。
ひいては、会いたくても会えない微妙な切なさとか、でも日頃からお互いを想っていることが、雰囲気・ニュアンスとして伝わってきますよね。

こういう事が、文章作品の完成度・クオリティを築くのだろうと思います。(もちろん他にもあるでしょうけど)
タイトルでは「プロ」という書き方をしましたが、短歌なので「アーティスト」という言葉の方が馴染むかもしれません。

短歌の場合は三十一文字という制約がありますが、そうでなくても「短い文で伝えたいことを誤解やズレなく伝えきる」という事はビジネス上の文章や会話、なんなら家族や親しい人とのやり取りでも必要になることは多いかと思います。(むしろそこが上手くいかなかった時にトラブルに繋がりやすいというか)
物事を伝えるのに、単語のチョイスや諸々の工夫が必要というのも、基本は同じこと。
「あまり考えずに、自分の頭に浮かんだ順に情報を伝える(話す・書く)」だと、自分が思ったようには物事がぜんぜん伝わらなかったりします。

「単語レベルで言葉を大切に選ぶ」という意味で、川柳や俳句・短歌は良い題材かもしれないです。
自分自身、かくありたいと改めて思った次第。
三十一文字でこれだけ人に感銘を与えていろいろ語りたい気持ちにさせられるって、やっぱり凄いことだと思います。